1995年(平成7年)1月17日5時46分52秒に起きた阪神大震災。死んだ祖父が怒ってる夢を見てると思った私。目が覚めると外の道路が液状化現象になってたりして驚いた。

水もガスも電気もない冬の朝…あのときのことは未だに覚えている。自宅は大丈夫だったけどバイト先に来るお客さんも亡くなって来なくなったりして、生死がわからず悲しい思いをした



阪神大震災から23年それよりも前からか…


当時まだ学生だったけどすでに過食嘔吐を発症していて、被災した方のことを思うと食べ物を粗末にしてはいけない、生きていくことに必死な人もいるのに、自分は何をしてるんだ!もう過食嘔吐をやめようと思った。

私が過食している分、募金に回せば少しは少しは手助けになるかな?と思い、あと、家の水道がまだ通じていなかったこともあり、吐けないので過食嘔吐は中断した。

しかし、この病の恐ろしいことは胃に反しておささえることができないこと…私は罪悪感を感じながらもまたバイト先でのまかないを食べた瞬間にスイッチが入り過食嘔吐が始まってしまった。腐ってるなと思った。

どういうことを受ければ過食嘔吐が辞めれるんだろう?

父が自殺したときにもすでに発症していて、過食嘔吐を辞めることはなかった。葬儀のときにいろんな食べ物があるものを無心に食べまくって吐いた記憶がある。

過食嘔吐をやめて克服して本を出す人とかいるけども辞めるキッカケってそれぞれで、私の場合は多重嗜癖でごまかしているけども頭のなかには食べ物が離れないし、普通にご飯が食べれないでいる。

まだ克服していない、今日も吐かなかった、と胸をなでおろす日々。

震災があったときに自分の無力さを感じた。心配したり胸を痛めるだけで結局何にもできないのね。(僅かな募金しか…)ガスと電気が復旧していないときに近所の人の優しさを痛感したことがある。こんな私に親切にしてくれたおばちゃん、今も忘れてないなあ。そういう思いをしたからこそ、摂食障害に対する罪悪感も募るのに辞めることが出来ない負のスパイラルに陥った。




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