若かりし頃、職場の社長の愚痴を言いながら上司と飲みに出かけることがよくあった。その社長がかなりの特徴的で、仕事で過去に騙された経験があるから社員を信じていない面もあり?盗聴器やストーカー行為等をする人で、さらに女好きなので私の場合は一人暮らしの家の下で待ち伏せをされたことも。

自分が眠たくなったり見たいドラマが始まるまで営業は社長の話を聞き、会社に居ないといけないというパワハラだったこともあるんだけど、

この苦痛を上司と分かち合うことでストレス発散していた。まあ愚痴りたくなる環境だったというのもあるけど、その頃は何をしても不満だらけだったように思う。



他人のせいにしていた頃は我が振り見ずに仕事の不満が多かった


とにかく愚痴が酒の肴…。

でもよく考えると若いときってその社長だけでなくバイトでも先生でもいろんな大人のせいにして反抗したりふてくされたり自分の人生が思うように行かないことを他人のせいにしていたように思う。

人への感謝もないし人の気持ちも測れないしかといって自分のことも見れずに改善もできなかった。

そしてそれを同調してくれる仲間と過ごし、自分の幼さや間違いや自分勝手さに気が付かないこともあった。今思えば他人のせいにしても自分の人生が良くなるわけでもなく、自分の環境が悪いのは自分のせいであり、類は友を呼ぶというように、自分のあり方が人間関係を形成することを知らずにいた。

ぐちを言ったらスッキリするかもしれないが冷静になると、その時間は生産性がなく解決策が見いだせない無駄だということもわからずにいた。

今仕事で独立していかに会社員というものが恵まれて守られるかということも感じるし、人のせいにするのは逃げであり、自分が変わらずに居たら未来は変わらない。また何かのせいにして逃げるだけ。

自分が選んでここにいる、自分は今はこのレベル、自分が築いて引き寄せた環境だ、不満や愚痴があるなら自分が変わらねばいけない、他人と過去は変えられない、変えられるのは自分だけ。って聞いたことがあるけどまさにそう思う。

自分が変われば気持ちも楽になりし人も変わる。自分の落ち度に気が付かず、自分の欠点を知っていても治そうとせず、相手だけに変わってもらおうとする自分を認めないなど、そういった思考になればなるほど生きづらいと思う。

他人のせいにするのは楽なようでも、未来の自分が辛くなる。

ぐちを言ってた頃って不満だらけだったな、今は同じことが起きても捉え方や考え方が違うので過去と比べるととても生きやすいかな。ただ、猛烈なネガティブ思考がやってくるときは時折あるけど、人のせいにしないという点で他人への恨みや憎しみ感情はなくなった。

それはいいことだけども自己肯定感が低いので時折希死念慮に襲われる。

ってことは、他人のせいにできる人のほうが生きやすいのかもしれないなあ、、、世渡り上手というのは幸せかもしれない。できない人が羨んでるだけだったりして。そうはなりたくないし憧れはしないけどね。ぐちを言ってたときの自分って着飾ってバリバリ働いていたけどブサイクだったと思うわ…。




この記事に共感した&参考になれば
↓2つのバナーをクリックして下さい
 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ
にほんブログ村

ac
sessyoku
arrow_redうつ病の家族の看護や介護離職で心と生活にゆとりがない方、他にいませんか?
arrow_red依存母からの卒業 ~母親の精神的支配から逃れたい娘達~
arrow_redうつ病で仕事ができない悩みはこちら