愚痴という言葉の意味は「言ってもしかたのないことを言って嘆くこと」

時折愚痴を言ってストレス発散する 気分をすっきりさせて楽にするという処方をする人がいるけども、根本的な解決になっていない



愚痴は言っても聞いても意味のない後悔する時間


愚痴はいう方は気持ちいいかもしれないし、同じ価値観の人なら共感してくれて話が弾むかもしれない。でも振り返ると、何の問題解決にもなっておらず、また同じ愚痴をこぼす事になる、ということは時間の無駄。

そして価値観の違う人が愚痴を聞かされると嫌な気分になるし、良かれと思って助言をしても、本人に原因解明をして解決する意思がないので、助言に対して攻撃的にたったり、私のことは理解してくれないなどよくわからないことになる。

愚痴を言っている人は、いっても仕方がないことを嘆いているという自覚が必要で、そのことに対して聞いてもらう方に貴重な時間を割いてもらっているという認識を持つことが必要。

愚痴ることのメリットを上げると

  • 本人は一時的にスッキリする
  • 助言からの気付きがある(でもほぼ助言を否定するが)
  • 助言から解決策がわかる(そもそも解決する気がないこともあるが)

でもそれ以上のデメリットが有り

  • 時間を無駄にし根本的な解決ができない
  • 聞く方に不快感を与える・信用を失う
  • 愚痴を言った自分が嫌になる・後悔する

そう、きっと愚痴ったことを後悔する人が多いのではないかなと思う。

  • あんなこと言わなきゃよかった
  • なんでこんなことしたんだろう

などなど…

愚痴を言いたくなったらなぜそういう感情になるのかの原因や要因を自分なりに考えて一旦冷静になり、それについて意見をもらうつもりで話をするのが相談で、相談からは生み出される答えが前向きになると思う。

もしくは共感者に話して聞いてほしいだけ、と伝えて『あなたのきもちわかるよ』っと慰めてもらうとか。

解決するつもりのない愚痴は周りの人の感情まで振り回し、時間と信用を失う。わかっていてもなかなかうまくいかないもの。感情的になるよね。愚痴りたくてたまらなくなったら人には愚痴れないので山とか自然、神社などでボソボソいうことにしている。あとはブログもあるかな。

自然は口を聞かないから余計なことをはなしてこない、結局自分で答えを出して切り替えることができる。誰も不快にしないし、ブログも答えを求めて書いているわけではないし、何らかの検索でアクセスしてきた方が読みたくなければページを消せばいいだけなので気楽にできる。

仕事となるとそうは行かないけどね。とにかく愚痴は意味がない時間であり、それでも時折いいたくなる。そういうときは自然に向かって発散すると余計な意見で心もかき乱されないし、誰かのせいにすることもなく、後悔することもなくスッキリすることができるよね。

  • 愚痴を聞いてあげる仕事
  • 愚痴りたい人を代弁する仕事

というのもあるけど。それも続けているとストレスにもなるがそれでお金がついてくるなら割り切れるのかもね。実際にカウンセリングとかレンタルおじさんとか、キャバクラ、そして自分ができないことの挑戦を支援するなども対価を払って要望を叶えてもらっているというところにも価値がある。

うつ病ブログや摂食障害ブログも共感者が集まり、読む人に何かしらの喜びや発散や気づきなどを与えることでそれが仕事として対価になることを知ると立派な仕事になる。方法を間違えると自分が病んでしまうけどね…。




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