私は父がうつ病で自殺してから人に同情されないように明るく振舞ってきた。悲しくないのに可哀想と言われることが嫌だったから。そんな私はどこかで父親を求めていたのか学生時代も先生に気に入られたりバイト先のおじさんに可愛がられた



父が自殺して同情で寄ってくる援交親父たち

父が自殺したとは言ってない、でも急に死んだということと今までの経緯でなんとなく大人は察していたのかもしれない。強がる私は親父たちにモテテ友達にオヤジキラーというあだ名を付けらたくらいだ。

その頃、援助交際がブームだった。私に同情する親父は無償で私にプレゼントをくれたりした。何万円もするアクセサリー等を高校生に贈る親父。下着を贈る親父もいた。
お金
こちらが買ってとは一切言わない、でも買ってきてくれる。なんだろう物乞い的な雰囲気があったのかな?同情して励ます優しさだったんだろうか?その中で一人だけ、身体を求めてきた親父がいた。私は、気持ち悪いと思ったけど、傷をつけてはいけないと冗談で交わし逃げた。

それでもしつこい親父に切れそうになる反面、この人を傷つけてはいけない、とどうしても思ってしまう。これは父親を救えなかったことの後悔なのか?当時はわからなかった。

自殺遺児に同情した親父達を見て結婚に期待しなくなった

そうやって悲しみを隠し意地を張ってきた私は夢と目標をもって奮闘していたので手を差し伸べたくなったのかも?と私が当時の親父たちの年齢に近づいてくるとそう思う。高校生だしね。(身体を求めてきた親父は別として)

先日まで知らなかった自殺遺児という言葉を使ってみよう、、、そう自殺遺児に対し同情し、家族もある親父たちが、私が高校を卒業した瞬間から身体を求めてくるようになった。私は相手を傷つけないようにうまく逃げて連絡も取らないようにした。

就職した先の社長に、急に押し倒されて強姦未遂で逃げ切ったことがある。この時にもこの社長も何か悩みがあるんだろうななんて許容してしまい、訴えたりするすべがあったのだろうけど相談できる人も大人もいなかったので会社をやめるという形で泣き寝入りをした。本当に世間知らずでバカだ。

自分がつらい思いをしながらでも相手の気持ちを考えて我慢して許容する、これは親にしてきたことと同じ。

不倫を申し込む人もいた。こういう繰り返しをしてきて私は結婚に明るい期待や希望が持てなくなっていたしオトコはそんなもんだと思うようになったし逆に、家庭で言えない悩みを私が解消することで自分の存在価値を感じることもあった。明らかに都合の良い女の臭いがするだけなのに…。




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