はじめまして。『鬱は伝染るんです。』なんてタイトルをつけてしまったブログ執筆者のHNなおみです。このブログを書くにつれて、なぜうつは伝染るのか?と思った経緯などをしってもらうためにプロフィールを記載しておこうと思います。ただ、過去からの蓄積から今に至るので1ページでは書ききれないので詳細はブログで書き綴っていくので各カテゴリで気になる記事をご覧ください。

ちなみに鬱はうつるという考えに近い症状がカサンドラ症候群とかアダルトチルドレンなど、正式な病名ではないけども、発達障害の家族がいたり、機能不全家族により、接する側に二次障害を引き起こすことがあることがわかりました。

生い立ち・父の死、母のうつ

都会のサラリーマンの家庭に生まれる。父は仕事人間で家にいる時が少なくさらに母とは見合い結婚ですが性格の不一致なのか不仲で談話している姿を見たことがありません。(のちに父が不倫をしていたことを知る、母も知っていました。だから不仲だったのかな…)

10歳ころから母がよく一人で泣いている姿を見るようになる、とある夜に過呼吸が発症。子供ながらに恐怖で死ぬかと思いました。それから毎晩、母の過呼吸に怯える夜。父は相変わらず母のことは無視。

父が仕事で左遷になる。左遷の赴任先でうつ病が発症。運転もできない状態で自宅療養をしていたけど飛び降りたり徘徊したり、ちょっとの物音で殴りかかってくる状態になり、入院することに。鬱病の薬を処方されドンドン具合が悪くなり、とうとう自殺。

不仲とはいえ父を救えなかった公開からか母のうつ病が悪化、母が自殺未遂を繰り返し、被害妄想からまともに会話ができなくなり、いつ死ぬかわからない恐怖で学業も手につかなくなる。弟は引きこもりに。

14歳で摂食障害を発症。

父がいないため、生活をするのに、高校ではアルバイトを掛け持ちする。(過食嘔吐の資金でもあった。)この時に母がパートしかできないことを嘆き、女でも何があるかわからないから絶対に自分で食べていけるようにならないといけないと心底思う。(その前に離婚したくても職がないので子育てができないため病気になりながらも婚姻生活を続けていた母みたいになりたくないと思っていた)

社会人になり、自分の家庭がおかしかったことに初めて気づく。摂食障害はずっと続く。一人暮らしをしていたので誰も監視されず自由に過食が出来る日々。一人暮らしをすることで母の過呼吸の看病から逃げた罪悪感をかき消していたのかもしれない。

父と母の自傷行為を見てきた私は人はいつ死ぬかわからないし、放っておけなくなり、出会う人、出会う人が困っていたら親切にするようになり騙されて借金を背負うことも体験。(それでも人が救われたならと思っている典型的なバカ)

借金とアルコール依存症

借金を返済する時に、お金がないことに追い込まれながらも過食嘔吐は治らず、電気代などを払うよりも食べ物代に使うという末期症状。

いつの間にかアルコールの量も増え、ちょっと一杯では終われない日々。嘔吐するのでさほど酔わなかったけど、何も食べずに飲むことも多く、記憶がなくなり翌朝に公開することも多々。最初は平気だったのに罪悪感と嫌悪感、恐怖が産まれ消えたくなってきたことから自分のおかしさと向き合うことになる。

まずはアルコールを飲むことでうつを発症しやすいという情報を得たので今は禁酒に励んでいます。摂食障害は何度もやめようとチャレンジするけどまだ続いています

走り書きなので何の重みもないでしょうけども、すべての要因は幼少期からつながっていて蓋をしていたことを認めることにして今に至ります。詳しくは各カテゴリに記載をしていきます。

家族にうつ病や恋人のうつ病、友達のうつ病に関しての接し方の部分でかなり嫌なこともかくと思いますが、鬱病の人の気持ちがわからなかった苦悩でもあるのでご容赦ください。

それではこんなブログですがよろしくお願いいたします。

ブログ運営途中で気づきを得て楽になったことが多々あり、今まで父親のうつ病のことや母親のうつ病のことで勘違いしていたことなどもあり過去のブログ記事は今と考え方が違うこともあります。なので更新日付が新しい方が考え方の変化になります。いろいろ知ることで本当に楽になれた…

追記⇒追記:新しい気付き⇒カサンドラ・アダルトチルドレン・摂食障害の理由…父親の自殺も許せる




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