私はうつ病が嫌いだ。だからうつ病の人に時折
気持ちもわからないくせに被害妄想するな
頑張った限界がきて病気になったのに頼れないんですか?
などといったことを言われる。

こういう攻撃はリアルで慣れているのだけど うつ病の人だけがつらいのではないということ。接する家族もしんどい、ましてや子供で親がうつ病の場合、どうしていいかわからない。そう思い悩んで生きて来た



人は立ち位置によって思考が違う

私も本当に重度のうつ病に陥った場合、本当に辛すぎると思うし、健康な方からに対しての言葉に傷つくと思う。だからまず気持ちがわからない人にはわかってもらおうとする努力をしないようにすると思う。わからない人にはわからない。理解を求めて抗議するだけ心が疲弊する。

社会的には理解が必要だと思うしお互いを思いやるのは大事。ただ、思いやられる側になった場合に、期待をしないようにしないともっとつらくなると思うからだ。

失恋のつらさって本当に失恋した人しかわからないし、スカイダイビングの体験はテレビで見てるだけではわからない、ガンのつらさはガンにならないと本当のことはわからない、、、それと同じことだと思う。特にうつ病は目に見えてどうっていう症状と違う部分があるので周りの理解は難しい。

私は子供のころから親のうつ病に苦しみ悩み、心中まで考え、友達付き合いもうまくできず生きづらさを感じたことや人の顔色を窺うなど、培ってきた人格形成に関して、子供のころに選択の余地もなかったことに関する後遺症的なものでうまくいかない人生を自分の責任として抱えている。

そのやり場はどうなる?

親が健康であればアルコール依存や摂食障害、人間不信や騙されて借金を抱えるなど起きなかった可能性も高い。アダルトチルドレンにならなかっただろう。

甘えない私は。環境に対して言い訳しない。誰だって頑張って生きていてそこで選択して生きている。健康な人はうつ病の気持ちがわからないのは確かだけど、

頑張った先になったというのは頑張る前までは健全であったということで、防止できたということではないかな?それであれば環境を変えれば治ることだと思う。遺伝子的なこととかそういうことは防げないけども、環境や性格でなったのであればそれは変えれるのでは?と。※これは頑張った先になったという主張について。

私はうつ病と紙一重。病院に行けばきっとうつ病と診断されるでしょう。だってネットであふれているうつ病診断チェックでは可能性が高いと診断されているので。でもそれで病院に行って薬をもらうつもりもない。

うつ病の人だけがつらいのではない

子供のころに親がうつ病だった場合、すべてを受け止めて生きていくのに、子供に親を守る支えることについてどんな葛藤があったか経験しないとわからないでしょ?それとおなじことであって

人は立ち位置によって考えが変わるので、自分基準に否定をするのは良くないと思う。私はうつ病が嫌いだ。その理由は、つらい闘病生活だったから。そして父親を救えないトラウマがありそれをぬぐうかのように、大人になって心底親身になりいろんなうつ病の人を支えてきたけど、最終的に攻撃的になり恨まれてしまうからだ。

急に攻撃的になったり暴力的になったり音信不通になったりしてこちら側だけが心配して、ずっと後悔する。でも何事もなかったかのように数日後にまたSOSされると許してしまう、この繰り返しをしてきたことで嫌になってしまった。

これも立ち位置の違いと思う。だから、自分と考えが違う人に出会い傷ついたり腹が立った場合でもこういう考えもあるんだなと思うようにしている。決して相手を傷つけるでもなく攻撃するでもなく。そうじゃないと犯罪が起きたりするよ、、、

うつ病の人の気持ちがわかる本 不思議な「心」のメカニズムが一目でわかる (こころライブラリーイラスト版) [ 大野裕(精神科医) ]




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