うつ病の母の希死念慮。死にたいと口にだすことは茶飯事、死ぬということも茶飯事、そして殺してほしいと願うことも…。さらに殺害ニュースとか事故のニュースを見ると、

自分だったら良かったのに…っと。本気なのか?構ってちゃんなのか?その時時により違う。



うつ病の母・希死念慮でニュースの被害を自分に置き換える


テレビのニュースで、

ひき逃げで死んでしまったと観ると

『お母さんが轢き殺されたら良かったのに…』

線路に突き落とされて電車に轢かれるドラマのシーンを観ると

『お母さんが線路に押されたら良かったのに』

服毒事件があったときに

『お母さんの飲み物に毒を入れてくれたら良かったのに』

通り魔に刺される事件があったときに

『お母さんが襲われたら良かったのに…』

という。

で、実際に、商店街での買い物時に、金物屋さんでクレームを言うオヤジがいたらしく、

『あまりの剣幕に店に売ってる包丁を振り回しそうで刺されると思って怖かったわ』

というから、

『いつも刺されたらいいのに、死にたいと言ってるのに?』

っと思った言葉を飲んで取りあえず黙っていたら…

『あんたはお母さんが死んでもなんとも思わないのね、死んだらよかった?お母さんが怖い思いしたのになんとも思わないの?』

と・・・トホホ。

希死念慮で自分は死にたいと言っても
人にはかばってほしいのね…。心配してほしいのかな。

だから死にたいと言っても、必要だから死なないでって言ったほうがいいのかな。自分の存在価値を確かめるための言動なのかな?本当に死にたいと思うときもあるだろうけども、必要だっいなきゃ困る っていうと救われるのかな。

そんなことをよく考えていた10代。だから人への言葉もすごく選ぶ大人になった。人の気持ちが読み取れるというある意味良いことだと思うし、考えすぎておせっかいしすぎて苦しいときもある。

※私が接したうつ病の人たちの話であり、すべての人に当てはまるわけではありませんしディスるつもりもありません。鬱病の人と接する方が接し方が難しく思い悩んでいる人があるあるっと思っていただければと思います。
⇒ 私が接したうつ病の人たち




この記事に共感した&参考になれば
↓2つのバナーをクリックして下さい
 にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ
にほんブログ村

ac
sessyoku
arrow_redうつ病の家族の看護や介護離職で心と生活にゆとりがない方、他にいませんか?
arrow_red依存母からの卒業 ~母親の精神的支配から逃れたい娘達~
arrow_redうつ病で仕事ができない悩みはこちら