父親がうつ病になる前のことを記載します。結論から言うと父はうつ病を発症してその後、病院に入院・通院しながらも自殺をしました。子供の時にうつ病という言葉を知らず、理解もできずうつ病の接し方もわからずとにかく怖い人でしかありませんでした。今は色々理解できますが、当時の感情を込めて記載します。きっと不快な人もいると思いますが、うつ病を理解できない家族の闘病の経緯ですのでご容赦ください。

私の父はサラリーマン。普通の戸建住宅、普通の暮らし。学歴コンプレックスの強い父は大卒との給料の差、昇進に関して本人曰く、泥水すすって実力でのし上がったらしい。そんな父は当然仕事人間なわけで、とにかく仕事漬けの毎日で休日は接待ゴルフなど家にいることは滅多となかった。

実はそれが平和でもあった。



父は家にいるとキチガイのように怒ってばかり

普段家にいない父は、家にいると母を罵りその矛先が次に子供である私に向かい、なぜ怒られているかわからないまま謎の説教を2時間も3時間も正座で聞かされていました。それが嫌で父が帰ってきた音がすると兄弟誰もが無言で自分の部屋に逃げていました。今思えば母は逃げ場がなかったんだなと思うと心痛です。

部屋に逃げても罵声が聞こえ、母はいつも抵抗しなくてずっとうつむいているばかり。何も言わずに怒られて可哀想だと思っていていつの間にか父を憎むようになりました。おとなになるとわかりますが父には父の事情があり母に怒っていたのだとは思います。特に母は片付けがうまくできないので神経質な父にとっては憎悪でしかないようでした。

こんな日々なので家族団らんなんて経験したこともなく、お盆休みに母の実家に行くときが憂鬱で仕方ありませんでした。車中でずっと怒っていて、母の実家につくと母の親の前で母を罵る。もう鬼畜にしか見えず辛かったです。

TVを見ていて掃除用具や洗剤のCMが流れるだけで父の怒りスイッチが入るため、家族でテレビを観ることもありません。夜中に起こされて机の引き出しの中身を全部出されたこともあります。小学生を夜中に起こして片付けさせる、片付けに異常に執着している父は常識を見失っていたのでしょう。

この時はきっとうつ病などにはなっていなかったとは思いますが仕事でのストレスや母に対しての憎悪を子供にぶつけていたのかもしれません。

とある夜中に母が過呼吸に

父の毎日の言葉の暴力、精神的な暴力により母がとうとう精神的に壊れてしまい、夜中に過呼吸の発作を起こしました。すごく怖かったです。死んでしまうと思いました。なのに父は、『お前はワガママや』と言い放ち何もしてくれず、子どもたちだけで母をさすったりする日々が続きました。

父が憎くてたまらない、そういう憎悪が産まれ無視をするようになりましたが、無視をしていた矢先に、父が単身赴任になり役職自体は昇進ですが形式上は左遷でした。

父は仕事人間、仕事人間のおかげさまで私たちは生活ができたわけですが、当時は憎悪しかなかったので単身赴任が心の底から嬉しかった。平和になれる、とホッとしました。そうはいっても愛情もあり私は素直になれず、言葉ではなくて父の単身赴任の荷物のバックに焼酎をプレゼントに…と思い黙って入れました。

父が仕事で失意した、そこからが父のうつ病の始まりです。父親が仕事でうつ病で入院してから自殺するまで に続く
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