私の父親は仕事人間でうつ病になって入院をし薬の副作用などでも悪化をしてしまい、結果自殺をした。

当時は子供を捨ててまで自殺するなんて無責任だとか

  • うつ病は人をしに追いやる怖い病気だ
  • 仕事ばかりして心を病んでいた

などと思っていたけども最近別の切り口で考えると、家族を捨てたのでもなく、仕事ばかりしていたという直接的原因でもなく、いなくなったほうが家族のためだと本気で思ったのかもしれないと考えている。

それと母のせいかもしれないなども。正しくはうつ病になった殺意のない殺人鬼のうつ病という悪魔のせいかなと。鬱はうつる。



うつ病で父が自殺した気持ちが少しわかってきた。捨てたんじゃないかも


母曰く私は父親に似ているのですごく嫌悪感を持っている、父親の家系を嫌う母はとにかく父の家系の雰囲気を感じる私を絶対に認めなかった…。なのでどう繕っても相性が良くならない。

父と母の中が良い会話も観たことがないし仕事でイライラしている父は家で怒り狂う日々、そして母も罵られ続けうつ病にもなったわけだけど、父親のほうが先にダウンをし入院し自死した。きっと母のことを理解しようにも出来ず、仕事も責任ある仕事をし、いっぱいいっぱいで切れたんだろう…薬の副作用も相まって。

鬱はうつるというけど本当だと思う…。

ただ、母のほうが泣いたりいわれっぱなしだったので子供の目線で考えると父親が悪くて母が可愛そうだと思っていた。それがゆえに父親の味方はおらず、父は家族内でも孤立していたし私もいつも怒っている父が嫌いだった。

しかしながら、、、10代のときに母親にでて行けといわれてでてから介護になり、実家に戻り母のために頑張ろうと決めて暮らすも、うつ病ではなくこの人は発達障害なのかもしれないと思うことがたくさんある。

掃除ができないのはうつ病ではなく発達障害の特徴では?言葉の腰をおるのも。空気が読めないのも、会話が成り立たないのも、受け取り方がおかしいのも全部うつ病ではなく発達障害ではないかと思える、いや思いたい、そうじゃないと許され難い行動がとても多い。苛立つのだ。何度言っても同じ繰り返しだし、会話なんて本当に成り立たない。なのに自己主張だけは強い。

発達障害を批判しているのではなく、そうだということが理解できると全てが納得行くのだ。接し方に考えがちゃんと付く。出来ないことをできると思って接するから苛立つのでありできないのであれば、と思うとそれなりにこちらができることがある。無知な私が悪いのだ。普通を基準に考えるから母親というものは、と比べるとつらい思いをしてしまうんだと。

認知症とかうつ病とかそういう事を考えたけどそもそも本質的に子供の頃からそうだったなあっと。何度言っても治らないのだ。父親にも何度も同じことをいわれ続けても出来ないことや言葉のコミュニケーションが出来ず話もつながらないのでイラッと来ることもしばしば。父は最初は歩み寄ったと思う。

でも全てにおいて文句や不満が先に出て感謝や謝罪を知らない母は父がいろいろ努力したことも全て理解できなかったと思う。今の私が同じ状態だ。

確か母の実家の祖母に、なにか病気じゃないか?と聞いていたのを子供心に覚えていて、父は自分がいじめておいてなんてひどいことを言うんだと思ったけども実際に自分が母と深く接し養う立場に立つと心底そう思うので父はバカにしたのではなく母を理解しようとしたのではないかと思う。

でも家族のために働き、心にゆとりが無くなった上に家でもイライラするとなると本当にたまらなく嫌だと思う。私にとっては母親だから感情は違うけども父にとっては配偶者であり、立場が違う分もっとなんかあったんだろうなと。

今自分が働いて世話をしているけども本当にその意味がわかっていないし何の言葉もない、こういうところで父の心は折れて遊んでいったと思う。私も悪いけどとてもイライラするし、空気が読めないコトに対して理解しろよ!って叫びたくなることもある。それを抑えきれなかったのが父だ。

母はいつも被害者意識が高いこととしてもらえて当たり前という感覚を持っている。なので私が仕事をしたいという時間に関してもお構いなしに自分の要求を言ってくる、そして何かをしてもありがとうもない。本当に人がどういう思いで、しているということの理解が出来ない人なんだと思う。

そこにイライラしたり悲しみを持たないために自分がゆとりを持ていいんだと言い聞かせて頑張っているけども、本当に心が折れる。責めてしまう自分も嫌だし、母を傷つけてs舞うことに嫌気が差して自分はこの世にいないほうが母のためなんじゃないかという思いに駆られるのだ。

生活費などが確保でき高額の老人住宅に入り安心するものが整えば死んでもいいかなって思えるほど。父はきっとそうしたんじゃないかな。会社員だったので遺族年金と母子手当がある、そうなると私達が子供の間は母は暮らせる。おとなになって私が母をみれば母はなんとか生きていける…

そう判断したのではないかと思う。怒ることに疲れ、自己嫌悪になり、仕事を頑張っても頑張ってもねぎらいの言葉もなく会話も通じないし、自分がローンを組んで買った家は汚いし、掃除ができない、喜ぶだろうと思ってしたことをありがとうじゃなくて文句で返される。そうなると本当に疲弊したのではないかと思う。

客観的に見たら子供に押し付けて自分はしんだということで結果見捨てたんだけど自分は今になって父の気持ちが凄くわかる。抑え切れないことや責めてしまう自分が嫌で変えようと努力したけど母を変えることが出来ないこと、だからこそ自分が努力しようと思ったけど無理だったこと。

傷つけるなら死んだほうがいいと思ったのではないか?薬の副作用もありそれも重なり自殺を決意した。そうじゃないかな?遺書はないからわからないし答え合わせが出来ないんだけども、死んで20年以上立ってずっと父を恨んだりしていたけども、優しさだったんだと思えたらありがとうっていいたくなった。

もちろんこれも自分勝手な解釈だけど、うつはうつる、そしてうつされた人のほうが病んでしまいしに至ることもあるということ。最初は母がうつ病でふさぎ込みその後に父親がうつ病になった、結果父がひどくなり母が残った。恐ろしい、うつ病は恐ろしい。母が悪いわけでもない、

だから父ができなかったコトをできるようになればとなるべく母親に苛立ちをぶつけないようにしている。そのためには母親をなにかの病気だとはっきりしてもらわないと普段の思考や行動に納得できず精神的にきつい。

昨日もあんたは子供の頃からひねくれてたといわれ、嫌な顔をされた。なぜこういう事を40年近く言い続けるのか?ひねくれた原因は何なのか?と考えることまでが出来ないのだ。自分の子供なのに生まれたときから罵り続け、正を認めず見下す。成績が1番でも悪いところを言って終わり。私は母に満足してもらえるためにどう治せばいいんだろうかと戸惑い続け今に至る。

父が仕事を一生懸命して家族を疎かにして消えたくなった、身を引いた幕を下ろした気持ちは妄想の中ではとてもわかる。直接話せないけどきっと共感者ということで今、握手を求めているんじゃないかな。捨てたんじゃなくて自己嫌悪だったんだろうね、自分にも嫌気が差し、仕事で頑張る目的も見えず、家族のことでも疲れたんだろうね…

きっと無念だと思うけど大丈夫、当時の私はいなくなったことで救われたから。確かに家族のために死んだんだと思うよ…。ただね、子供の頃に、色んな事理解できなくてごめんね。死ぬというのはとても勇気がいるし怖かったとおもう。寄り添えなくてごめん。




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