仕事人間の父親が会社に尽くしたご褒美が皮肉にも左遷。それを機にうつ病を患い自殺した。

家族のために仕事をし、仕事のために家族を犠牲にし、発達障害の母と意思疎通が出来ずにカサンドラ症候群にもなり、家族がバラバラで未来も見えずに命をたったのだろう。

しかし、子供の頃の自分にとっては子供を置いてまで自殺をするというのは愛されていない、捨てられたと思った。



父親が自殺した時に愛されていないし捨てられたと思った


社会人になり自分も仕事人間で仕事に尽くし、家族を疎かにして様々なことを築き上げた時にリストラにあい、なりたくない父と同じことをしているなと痛感した。

悔しくて悔しくてやり場もなくて相談できる人もいなくて仕事に裏切られた自分は今まで何をして生きてきたんだとさえ思った。

幸い父の例があるので自分はうつ病になって社会復帰できないということはならなかったけど、母の介護が始まり母の発達障害と付き合う苦悩を子供の頃以上に味わった。大人だからこそ母の理不尽なところが目に付き

父と同じように話が通じなくて片付けができない母親に対し、何度同じことを言っても治らない、理解してもらえないことにいらだちを覚え、病気を理解できずに怒る自分に自己嫌悪に陥り母を傷つける自分が消えたほうが良いと思い死にたくなった。

どんどんどんどん父親の気持ちがわかってくるようになった。捨てられたのでもなく愛されていないのでもなく、愛しているからこそ自分が消えたほうが良いという思考になったんだと思う。

仕事にも裏切られ気力を失い、家族ともうまく行かず、なんてことは世の中のサラリーマンでよくある例だし我慢して乗り越えた人もいるから甘いと思われるかもだけど、

カサンドラ症候群という今ならわかることに、陥っていた父親が死を選んだ理由もわかる。正しいとは言えないけど理解して認めることはできる。

なんというかこの年になって父親と同じ経験をし同じ感情を持ち、胸を痛めるということは、父親が私に気づかせるための人生なのかなって思う。

もちろん同じ失敗は繰り返さない。私は母を理解しようと歩み寄り、なんとか自分の気力も取り戻していこうとしている。ただ若いときにはこの理解は無理だし、難なく生きていても理解は出来なかっただろう。一番の発見は母の発達障害だ。

母はきっと出来ない家事について一生懸命母性を持ってやろうとしてもうまく出来なかったんだろう。ずっと努力をし続けてきてそれでも父には認めてもらえず怒られ続け、子供である私達のことも理解できずにストレスが溜まってうつ病になったんだろう。

父が死んで心底ホッとしたのは母だと思う。もう努力しても出来ないことをしなくてすむし、怒られないで済むから、私は出来ない母を罵ってきた。母親なのになんで掃除や片づけや選択がちゃんと出来ないんだと何度も何度も…。でも母は同じ繰り返しだった。そうだね、わかってなかったんだろうな。

父に捨てられた、愛されていない、と思い込んだままの20年以上の月日は相当な歪を刻んでしまったけど今からでも自分の欠点や思考の歪みに直視し改善していこうと思う。




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