私は鬱病の父親と母親のもとで育ち、自然と鬱病の方と接してきたけども、その引き寄せからか社会人になっても鬱病の人が集まることが多い。それが最初は両親を鬱から救えなかった自分の使命でもあり治癒だと思ったけどトラウマで怖くなる。嫌いじゃなくて怖い。



鬱病の人が嫌いではなくてトラウマで怖い

父親の鬱病は怖かった。
母親の鬱病は嫌いだった。

とにかくいつ死ぬかわからないし言葉を間違えると自傷行為になることもあるし暴力になることもある。ニュアンスの違いで罵られたり泣かれたり正直子供ながらに空気を読むことばかり身に着けた。

そのトラウマからか癇癪とか、うめき声とか発作を見ると怖くなる。そして鬱病的な思考に陥った人を見るとホおって置けなくなる反面、依存されることが怖かった。最初は鬱病が嫌いだった、でも嫌いなんじゃなくて怖いんだと思う。トラウマ。

何度も何度も同じ繰り返しをし傷つけられ、言葉を選んで依存されて憎悪に変わり、これ何度繰り返したことだろう。私自身が間違えているんじゃないかと思う。きっと私の鬱病の方に対する接し方がそうさせてしまってるんだろうけど、他人のことまで責任を持てないし、かと言って一言が原因で死んでしまうことも実際にあるんだし、人付き合いをどうすればいいかわからない。とにかく怖い。だから極力新しい出会いを持っても深くならないように気をつけている。

薄情かもしれないけど怖い。

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