私の父はうつ病で自殺をしている。子供の頃、うつ病なんて言葉知らなかった。精神ナンチャラカンチャラと難しい言葉を言ってたようにも思うけど父のことから目を背けていた私は詳しく知ろうとしていなかった。



父がうつ病で自殺してホッとしたから悲しくない

私は父がうつ病で自殺をした前日に父に声をかけられたのに無視をしてしまった。あの時声に反応し何か言葉をかけてあげることができたら自殺せずに済んだかもしれない。

でも、最初はホッとした。父のうつ病の接し方に気を使いすぎて疲弊していた。気分のむらで奇声を発したり2階から飛んだりと奇行を繰り返す上に、物音に敏感で私たちはひっそり父の神経を逆撫でないに暮らした。おかげで足音を消して歩くことが得意だ。って自慢できることじゃないけど。

本当に悲しさよりも開放感と、自分たちがどうやって将来食べていくかを考えるのに必死だったのでカナシミで塞ぎこむというよりももっと働こう、好きなことをしよう、会社に依存せずに独立するんだ と意気込んで走り抜けた。
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とにかく母を安心させるためにバイトをする日々

父が自殺をしてから母のうつ病が再発した。元々母がうつ病になっていたけど父のほうが悪化したので母性が買ったのかな、母はとにかく父がうつ病になってからは過呼吸などは落ち着いていた。でもいなくなってからは再発で地獄の日々が待っていた。

母が気分を切り替えるにはどうしたら良いだろう。他に趣味を持つこと?習字に行ってもらったり、編み物に挑戦してもらったり、シルバニアファミリー収集をしてもらったり色々やってみた。高校時代はバイトの掛け持ちなのでお金はあった、自分の過食嘔吐と運転免許代、そして母を喜ばせるためのお金に使った。

そうやってきたけどははは一向に良くならず、高校を卒業とともに私は家を出た、お客様のいろんな家庭を見るたびにドンドン自分が普通の家庭と違うことに気づく。モヤモヤするのであまり考えないようにした。とにかく自力で食べていくため、会社に依存しないため仕事に打ち込んだ。

世の中には親が自殺した子供の心のケアや支援があるらしいことを知った。でも誰にも頼らず自力でやっていきたい、そう思った。自殺のせいにして社会生活を送れない言い訳にしたくない、そう思っていました。

自死遺族・自殺遺児?そんな言葉知らなかったよ

こういう言葉があること自体知らなかった。私は自死遺族なんて認識もなかったし、周り同じ経験者がいなかったので聞くこともない話だ。でもインターネット上には様々な情報があってそこで言葉だけを知った。共感しすぎて怖くなることもある、人の記憶なのにあまりにも似すぎて自分の事じゃないか?と思うこともある。

苦しんでいる人たくさんいるんだね。そこで同調するだけでなく自分は吐き出してでも前を向いていきたい。




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