私はうつ病になりたくない、両親がうつ病で幼少期から良い思い出がないからだ。絶対に親みたいになりたくないというのがモチベーションで反面教師でたくましく生きてきたつもりだったけど

どうも介護が始まって生活が変わってからどんどんどんどん希死念慮や自己嫌悪が募ってきている。



私ってうつ病かも?自己診断で自称鬱ではない?


自分は絶対にうつ病にはなりたくないし、っ病院に行きたくない、だからセルフチェックなどの診断でうつ病の可能性があったとしても自分でうつ病だというと自称鬱扱いで恥ずかしい。

だから診断もうつ病だと判断されないような方向に持っていく傾向もある。

摂食障害、希死念慮、アルコール依存症(これは今のところ辞めれている)、ロト依存症、セルフネグレスト、などなどいろいろ自分の欠点を揚げていくと客観視したら何かしらの疾患は患っているのだとは思う。

でも専門医に診断されたわけではないし、方くんに絶対になりたくないと思いこんで精神的に堕ちないように気を張って生きてきたからか、今まで鬱病の人(親を含む)を心の中で、根性がないとか気力がないとか気持ちの問題とか甘え、わがまま、自己中心的、自分だけが辛いと思いこんでいるなどと一般的なうつ病批判の感情は私も持っていた。

だけどここのところはずっと、許すことや生きるためのハードルをぐんぐん下げている自分がいるし頑張れと言われると辛いから、うつ病の人に頑張れと言ッテはいけないという意味がわかったり、

なぜネガティブに物事を捉えるんだろう?とうつ病の思考にいらだちがあったのに、今では理解できるし、自分も相当ネガティブで希死念慮、自分の無価値感を感じて必死で持ち直そうとしている。

私自身は自分で雇用な感情を家族や知人には言ってない。なぜなら自分がうつ病が嫌いだったし人に迷惑をかけてしまうという思いが強いから、だからこそ人に自分がうつ病かも?ということを言えないでいる。心配されたくないし、励ましの愛情だとはわかっていてもそこで頑張れと言われたら辛いだろうな。

病院は行かないけど最近は本当に自称鬱の傾向がある。自称うつで人に私はうつ病だからとアピールし始めたらただのかまってちゃんだしなあ。真剣に、うつ病の母親が嫌だったんよ、なりたくないのになんだか近い状態になっている。

遺伝ではないと思うけどこんなに自己コントロールができなくなるなんて思っていなかったよ。ただ、こんな状態になることで人を許すことをもっと覚えた気がするし、怠けてるのではなく、自己嫌悪に陥りながらも自分のペースで出来る最大限のことを一生懸命やっている、やろうと思っているということもわかったかな。

まあ自分が自称うつというかまってちゃんではなく、医師の診断で鬱病だったとしても人に寄り掛かることだけは出来ないし、もししてしまうと、人に迷惑をかけているという自責の念で自己嫌悪に陥りさらに立ち上がれないような気がするのでまだ自力でクリアしていこうと思う。

もし自分が他人なら認めて医者に行って治療すればと言うかもしれないし、気力がない投げやりな自分に向かって甘えだよねって思うときもある。

私はうつ病を批判したり甘えているとは思っていない、むしろ病院で診断してもらい治療をするのは勇気があると思うし健全な選択だと思う。批判どころか逆に理解できたり許容できるようになった。だから頑張りすぎずに幸せを得られることを願っている。

ただ、自分だけは許せないし、なりたくない。診断されたくない、もし精神疾患だったとしても認めたくない、だから最初から逃げている、それだけのこと。現実と向き合わない弱くてヘタレだ。だって両親みたいになりたくないから。




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