うつ病になると掃除をすることができなくなってしまう、もともっと母は掃除や片付けができない人で父親に罵られて生きてきた。それでも掃除ができないし掃除の仕方がわからない感じで

ガミガミ怒られているうちにうつ病になったのではないかと子供の頃には思っていたけど、発達障害ではないか?と思ったことから、掃除ができるように、片付けができるように矯正しようという考えは捨てることにした。

きっとこのまま老後一人だとお部屋老人になることは間違いないというくらい、とにかく掃除ができない。



毎朝心の掃除兼ねて隠れて行っている善?禅?


掃除ができない母に育てられると、掃除の基準がわからない。たとえば、布団を干す頻度やシーツを洗う頻度、パジャマを洗う頻度なども社会人になっって、皆そんなに洗ってるんだ!と思うほど、うちはパジャマやシーツが現れることは衣替えか?というくらいだったし

窓のサッシや洗濯槽を洗うことも知らなかったし、電気の傘も拭いたことがない、キッチンもカビや油のベトつきがあることが当たり前と思ったので、一人暮らしをしているときに自分では掃除をしているつもりでも一般的には劣っていることを知った。

で、社会人になる前に実家を出た私が、20年は経過して母の介護兼ねて実家暮らしだけども、そもそも家の前の掃き掃除を隣のおばちゃんがしていることを知った。

確かに私の母が玄関前を掃き掃除しているんは観たことがない。だからしないものだと思っていたけど毎朝隣のおばちゃん(もうおばあちゃん)がしてくれていることを知り、これはイカンと自分が率先してするようになった。

すると朝からホウキで掃く音がすると、自分もしなきゃ!っとおばちゃんがでてくるので、それじゃあおばちゃんのてっだ助をする意味がないと思い、ホウキを使わずに手で葉っぱやゴミを拾って

おばちゃんがいざ掃除をしようと外に出てくるときにはもう終わっているようにしている。

最初の数日は風でゴミが飛んだのかな程度に思っていたと思うけど、いつの日か気がついたのか

『毎朝掃除有難う』

といってくれたのでなんだか気が付かれていることに対して心が救われた。

『いやいやこちらこそ、今まで掃除してくれてありがとうございます。』

と本心で返した。そこからもなんというか隣のおばちゃんに見つからないように隠れて手でゴミ拾いをする朝だけど、なんだか鬱々した気持ちが晴れてくる。

母はなんとも思っていない(そういうことに気が回らない)んだけど…。いやあ、本当に片付けられない(片付けるという概念がない・やり方が覚えられない)というのは大変だと思う…。何千回といわれても片付けや整理整頓が全くできず、怒られても治らないんだもの。

今でも父親が気が狂ったように片付けや掃除のことに関してうるさかった記憶がトラウマに残っている、だけど確かに妻だったら、、、と考えたら父の気持ちがよく分かるんだけど、(主婦だし、自分の家だし、男性は家事をしないという時代もあるだろうし)

片付けられないというのは怒ってもムダで、できるようにする環境づくりをして修正しないといけないと思うし、もうこの歳になると諦めるしかないかなとも思っている。、園児に教えるように遊んだ道具を全部置く場所を決めてと仕分けやラベル貼りをやっても、ちかったものをもとに戻す、開けた扉は閉めるという概念が全く無いので散らかり放題の大人だから…。

掃除って気持ちがいいよね、気持ちが晴れるよね、なんでだろう、きれいだと父に怒られないから怯えなくて済むからかな?っと子供の頃は父に怒られないようにわからないながらも片づけをしていたけど

今は心が鬱状態のときは掃除をする気力もないし、掃除ができる気分のときは清々しく心が晴れるので、朝、誰にも見つからないように家の周りの掃除をして鬱々を吹き飛ばすようにしている。(もちろんそれだけでは治らないけど掃除しないよりしている方がまだ鬱レベルが大丈夫。)

それが『善』と思うのはあまりにも当たり前のことができていない証拠だよね、、、私の場合は心の『禅』かな。

家は心の鏡とも言うけど、確かに掃除ができない、お部屋に済んでいる人は何かしらの心と脳の病みを抱えているケースが多いもんね。しばらくは掃除意欲で鬱のバロメータを測ろうと思う。




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