え私は母親と会話がスムーズに成り立っったことがない、子供の頃からその違和感にイライラする事もあったし反抗期になると意志の疎通ができないことがストレスだった。

うつ病だということでどんどん母という機能を失い、、、、子供の話も聞けない、相談もできない、家事もしないという姿をみて絶対に母みたいになりたくないと思った。



毒母の暴言は発達障害のため覚えていないことを理解


とにかく人を蔑むことをいい、ブサイクとかかわいくないとかあなたみたいな子供は嫌だとか散々言われてきたし成績が1番でも、褒めるどころか、周りの皆の成績が悪いから偶然なんだといったり、私が先生からセクハラを受けてもあんたがどうせ悪いんでしょ?とか何をしても批判から入り、

とにかくあなたが悪い、あんたはブサイク

ということで摂食障害になったのはダイエットがきっかけだったけどもそもそもじゃあなんでダイエットなの?と思うと誰かに認められたい、キレイじゃないからせめて痩せていたい と思ったんじゃないかと思う。

母は当然摂食障害の私に気が付かず、いじめられてることも気が付かず、見てmぬふりじゃなくて本当に気がついていないのだ。そして夜中に過呼吸やお丈部などで不眠の日々、

出て行けと言ったり首を絞めたり、、、いろんなことをされた。

うつ病だからと思っていたけど、今考えると全部発達障害であり、一時的な感情というよりは相手の気持を汲み取れない本音をオブラートに包まずに穴していたのっだろう。

私はブサイクだし役立たず、いなかったほうが良い

この気持だけは何十年経っても消えない。これを埋めるために仕事を夢中でして人に必要とされたいと満たされない気持ちを仕事に費やし、埋められないものを過食嘔吐をしていたんだろう。

それがわかっただけでもう十分だ。

母は悪気があるわけではない、気が付かないし、覚えていないのだ。今過去にいわれたことを話すと全く覚えていないという。首を絞めたことも覚えていないしいじめられていたことや、悩んでいることの相談ンを聴いたことすらないような言い方ですごく驚いていた。

そう、何度も伝えてきたのに母の脳には入っていなく、言葉というよりは騒音というBGMのようなものだったのかもしれない、そして聴いてもわからないことを理解するまで質問をする性格ではないので、私がもういい!といったらそれで終わり。

そうだ、そうだ、聞こえてないし理解出来ないし見えていなかったんだ。床にゴミが落ちていても窓のサッシに誇りが会っても全然見えていない母、掃除という概念がない母、とにかく【ない】んだから理解させようということは不可能だったんだと思う。

私が犯罪者になる前に気がついてよかった。何をするとか具体的にはないけどもこういう歪んだ感情を背負って生きていたら犯罪を犯しかねないので本当に紙一重で安堵した。

もちろん借金をしてまで人に貸したりとか馬鹿なことはたくさんしたけど法に触れることをしていないことを奇跡だと思って気づいた今は母を理解して行こうと思う。

もちろんこの答えが正しいとは思えない。アダルトチルドレンでずっと生きづらさはあるだろう。でも毒親だから捨てるということが私にはできないし、父が自殺しているのできっと死後に母のことでもっと理解すればよかったって後悔するから自分のために、自分が後悔しないために母の【ない】ものを求めず、改善させようとせず、自分が歩調を合わせよう、そう心では思う。




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